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Highlights

新作発表会

西嶋豊彦

Atom Frog and Lotus

2025年

​ステンレス鋼、半導体、手漉き和紙、金、岩絵具
65 × 45 cm

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西嶋豊彦による新作《Atom Frog and Lotus》は、アニメキャラクターである鉄腕アトム(アトム、通称アトムちゃん)に着想を得た作品である。本作において重要なのは、テクノロジーの力や進歩性ではなく、アトムが体現するヒューマニズムである。西嶋は、速さや効率、支配といった価値を称揚するのではなく、繊細さ、優しさ、倫理的な感受性といったアトムの本質的な特質に注目し、伝統的なイメージと現代的なテクノロジーの視覚言語を融合させて再構成している。


戦後日本文化において、鉄腕アトムは、支配や優位性によって定義されるのではなく、共感やためらい、生命への配慮によって特徴づけられる、特異なテクノロジー像を提示してきた存在である。彼は征服者ではなく守護者であり、進歩を至上価値とする象徴ではなく、人間と機械の共存を体現する存在であった。西嶋はこの人文的系譜を受け継ぎ、アトムのイメージをカエルのようなハイブリッドな姿へと変換し、再生と生成を象徴する蓮のモチーフと組み合わせている。その身体は英雄的でも記念碑的でもなく、自然とシステム、生命と回路のあいだに位置する、移行的で脆弱な存在として描かれている。


この参照を超えて、カエルの傍らには第二のキャラクターが現れる。連続する履帯(キャタピラートラック)によって移動する、カタツムリ状の存在である。このキャラクターは、アニメや民話、既存のポピュラーカルチャーに由来するものではない。西嶋自身が創出した存在であり、有機的生命、技術構造、想像力のあいだに生息する生態系を構成する、彼独自のベスティアリ(想像上の生物群)の一部である。その緩慢で機械的な動きは、英雄性や効率性を前提としたテクノロジー観とは対照的であり、速度や制御ではなく、持続、適応、共存に基づく別の論理を示唆している。

《Atom Frog and Lotus》部分図

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《Atom Frog and Lotus》における半導体のモチーフは、支配や抽象化の象徴としてではなく、結びつきを生む構造として機能している。それらは神経系や流動的なダイアグラムを思わせる形態を取り、命令するのではなく伝達するシステムとして描かれる。テクノロジーは外在的で圧倒的な力としてではなく、内在的で、有機的かつ関係的なものとして存在している。カエルの身体は、陸と水、自然とシステムといった異なる状態のあいだを行き来する運動性を示し、人間の感情と機械的構造の狭間に位置するアトムの存在とも呼応している。


蓮は、複雑さの中から明晰さが立ち現れる象徴として知られるが、本作ではテクノロジーの外部ではなく、その内部に現れている。西嶋は伝統と革新を対立させるのではなく、精神性や文化的象徴が現代のシステムの内部から生成される可能性を示している。思いやりや再生、倫理的な在り方は、テクノロジーの条件下で失われるのではなく、別のかたちへと再編成される。蓮は回路に抗うのではなく、その中から成長している。

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素材の選択もまた、この視点を補強している。ステンレス鋼は工業的な耐久性と反射性をもたらし、手漉き和紙は脆さや触覚、人の手の痕跡を伝える。金や岩絵具は儀礼性や時間、歴史的技法を想起させ、作品を伝統の文脈に結びつけつつ、同時に未来へと開いている。画面は、手仕事と工学的精度、永続性と繊細さが対等に共存する場となっている。

《Atom Frog and Lotus》は、鉄腕アトムへの郷愁的な回帰でも、テクノロジー賛歌でもない。本作が提示するのは、人間が生み出したシステムの内部に、ケアや共感、責任といった価値がどのように宿り得るのかという問いである。西嶋は、未来が効率のために感受性を手放す必要はないことを示唆する。テクノロジーは神秘を失うのではなく、共存へと向けて再配置される。本作は、私たちがシステムの上に立つのではなく、その内側で思慮深く生きる可能性を示している。

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