私の現在のコンセプトのひとつは、フィジカルとデジタルが混在する世界で、絵画の新しい魅力をかたちづくることです。線の多様性と色彩の豊かさ、油彩の艶やかさやデジタル表現の魅力などを生かして、絵画が表現できる可能性を広げたいと考えています。
私は自身の絵が「わからない絵画であること」をとても大切にしています。「わからない」状態とは、絵画を理解する対象から解き放ち、絵画と見る人とのそれぞれの出会いから始めることができるような場にしておくことです。抽象絵画が持つ「絵画にしか存在しない線と色」や「フィジカルを揺さぶるエネルギー」を用いながら、「官能性を働かせて観ること」を提示したいと考えています。絵画を経験することが、観る人自らのクリエイティビティと可能性を発見するための選択肢に満ちた場になることを目指しています。
今回の展覧会タイトル「LOVE MYSELF」は自分自身を愛することの大切さについてのメッセージです。様々なものに対する偏見や、既存の価値観への呪縛は目に見えないところにあり、自分自身でさえも気づかないことがあります。それは、自分や他者との関係を始める前から規定し、様々な分断や暴力を生み出すことにつながっており、自分自身を縛ることにもなっています。偏見や呪縛から私たちが自由になり、豊かで創造的なつながりを生み出すために、私は抽象絵画の力を役立てたいと考えています。抽象絵画がもたらす、わからないものや異質なものとの手探りの対話は、新しいフレームで自分自身や様々なものごとを捉えることにつながっています。本当に大切なものは隠されていてよく見えなかったり、自分でも見ようとしないこともあります。絵画の前に立つことは、自身にとって美しいものや大切なものに気づくことであり、自分の人生を自分のものにすることにつながっていると感じています。ありのままの自身を愛し、自身について話すことにつながることを期待して描いています。
近作では「対比における共存」を重要なコンセプトのひとつとして継続して取り組んでいます。「相容れないものが出会う一瞬間を絵画の美しい状態として表すこと」をテーマとし、線・色によって創られた状態に両面的な感覚を持たせたいと考えてきました。今回はピンクやシルバー、白などの色彩と多様な線の表情を重要なモチーフとし、感覚の両立や様々なイメージが混在する状況の中で、自身の絵画がエネルギーやパワーを持つことを期待しながら描きました。
もっとも自由な方法で世界を観ることができるアイデアに溢れたもの、それが絵画であると信じています。 本展が、アートを通じた開かれた対話の場になることを心から願っています。
普段あまりアートに触れることの無い方にも、ぜひご覧いただき、アートとの出会いを楽しんでいただければ幸いです。
この展覧会の開催にあたり、お力添えいただきましたすべての方に感謝します。
また、來迦結子氏と山元ゆり子氏のご協力に心から感謝いたします。
2022年12月4日
渡邉 野子 (画家・美術家)
私の制作テーマのひとつは、絵画における「線の表す領域」によって、観察者が自身の身体、時間、空間のふくらみなど、不可視のものの在り様を知覚することです。画面上で線はそれぞれに役割を与えられ、時系列的な層でなく、お互いが交差し絡み合いながら全体としてひとつの連続した状態を生み出しています。絵画が示すもの、それは何かが崩れる前の一瞬間や未完の絵画の歴史です。そして、振動するのは崩れゆく事物や移ろう時間ではなく自身の身体であり、不安定な私達の身体を前にして、絵画は「ここ」と「いま」を提示しながら私達に触れています。世界のすべてが変化しても変わらないものを絵画のなかに表現することが私の関心事のひとつです。